関連講演録

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生体元素と医薬品の開発 (最終回)
京都薬科大学教授・桜井弘氏講演より
金属の特性を生かした医薬品の研究
 結核菌の発見者であるコッホは1890年、猛毒のシアン化金が結核菌の増殖を抑制する効果があることを発見した。当時は結核の一種だと考えられていたリウマチ性関節炎の治療に、シアン化金を用いる研究がされ、1960年に金を含む金チオグルコースや金チオ硫酸ナトリウムが有効であることが発表された。さらに経口投与薬としてオーラノフィンが開発された。これはリンと金と硫黄が結合した独特の構造を持っているが、その作用機構はまだ不明である。
 人工的な薬剤を作るという概念は、20世紀初頭にエルリッヒが提案した「化学療法」に基づいている。これは病原微生物が生体で増殖して起る感染症に対し、化学物質によって病原菌を撲滅させるか制菌し、症状を軽減させる療法である。
 1910年に化学療法の第1号として用いられた薬は、アルスフェナミンであった。興味深いことに、この薬剤は無機元素のヒ素を含むものだった。日本では1200年前、正倉院に献呈された中国の薬60種のうち、約37%が鉱物、つまり無機化合物からできており、金、銀、銅、鉄、スズ、鉛、ヒ素などがあった。また16世紀、「医化学の開祖」と呼ばれるパルケススは、鉱物を薬にしようとヨーロッパの鉱山をまわり、鉄、水銀、アンチモン、鉛、銅、ヒ素などの金属を用いて内服薬を開発している。
 そのほか、現在使われているものに、悪性貧血の治療薬として、コバルトを含むビタミンB12がある。貧血では普通鉄剤を処方されるが、これに加え牛や豚の肝臓を食べるとよいとされてきた。この研究からビタミンB12が発見された。
 また、白金はがんの薬として有効である。ローゼンバーグは、大腸菌に電流を通すと大腸菌がフィラメント状になり、細胞分裂が阻止されることを発見した。これは電極の白金から溶け出た白金イオンが細胞培養液の成分の一つであったアンモニアと結合して白金錯体がつくられ、それによる作用であることがわかった。これと同じ構造を持つシスプラチンをがん細胞に投与したところ、がん細胞が消えることもわかった。シスプラチンはかなり腎毒性が強いため、その後第2世代のカルボプラチンなどが使われるようになっている。

アルミニウムや亜鉛を含む潰瘍薬
 胃漬瘍の治療には、金属を含む薬としてスクラルファートやボラプレジンクが知られている。抗潰瘍剤として有名なスクラルファートはアルミニウムを含み、1968年に日本で開発された。胃粘膜保護作用、抗ペプシン作用、制酸作用があり、防御因子を増強し攻撃因子を抑えるというすぐれた2つの機能を持つ。ポラプレジンクはカルノシンと亜鉛の錯体であり、わが国で開発されたものではない。
 また、セレンという半金属を含むエブセレンは、過酸化物を消去する抗酸化作用が注目され、現在は脳梗塞やくも膜下出血の治療に使おうと、日本では現在臨床研究段階に入っている。
 糖尿病は、インスリン依存型(1型)と非依存型(2型)に大きく分類される。1型についてはバナジウムが、2型については亜鉛が糖尿病を直す可能性があり、経口投与で血糖値が下がることをすでに見出している。現在わが国では、ピコリン酸などのバナジウム錯体や亜鉛錯体が糖尿病治療に有効であることを明らかにしている。(完)

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