■金属の特性を生かした医薬品の研究 |
結核菌の発見者であるコッホは1890年、猛毒のシアン化金が結核菌の増殖を抑制する効果があることを発見した。当時は結核の一種だと考えられていたリウマチ性関節炎の治療に、シアン化金を用いる研究がされ、1960年に金を含む金チオグルコースや金チオ硫酸ナトリウムが有効であることが発表された。さらに経口投与薬としてオーラノフィンが開発された。これはリンと金と硫黄が結合した独特の構造を持っているが、その作用機構はまだ不明である。
人工的な薬剤を作るという概念は、20世紀初頭にエルリッヒが提案した「化学療法」に基づいている。これは病原微生物が生体で増殖して起る感染症に対し、化学物質によって病原菌を撲滅させるか制菌し、症状を軽減させる療法である。
1910年に化学療法の第1号として用いられた薬は、アルスフェナミンであった。興味深いことに、この薬剤は無機元素のヒ素を含むものだった。日本では1200年前、正倉院に献呈された中国の薬60種のうち、約37%が鉱物、つまり無機化合物からできており、金、銀、銅、鉄、スズ、鉛、ヒ素などがあった。また16世紀、「医化学の開祖」と呼ばれるパルケススは、鉱物を薬にしようとヨーロッパの鉱山をまわり、鉄、水銀、アンチモン、鉛、銅、ヒ素などの金属を用いて内服薬を開発している。
そのほか、現在使われているものに、悪性貧血の治療薬として、コバルトを含むビタミンB12がある。貧血では普通鉄剤を処方されるが、これに加え牛や豚の肝臓を食べるとよいとされてきた。この研究からビタミンB12が発見された。
また、白金はがんの薬として有効である。ローゼンバーグは、大腸菌に電流を通すと大腸菌がフィラメント状になり、細胞分裂が阻止されることを発見した。これは電極の白金から溶け出た白金イオンが細胞培養液の成分の一つであったアンモニアと結合して白金錯体がつくられ、それによる作用であることがわかった。これと同じ構造を持つシスプラチンをがん細胞に投与したところ、がん細胞が消えることもわかった。シスプラチンはかなり腎毒性が強いため、その後第2世代のカルボプラチンなどが使われるようになっている。
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