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生体元素と医薬品の開発 (第1回)
京都薬科大学教授・桜井弘氏講演より
体の元素組成は海水に似ている
 2000年1月の大学入試センター試験の化学TAに、宇宙(太陽系)、地殻および人体中の元素の存在比を、3つの円グラフのどれかに対応させる問題があった。宇宙には、水素とヘリウムが多い。地殻には酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウムが含まれている。それに比べ、人体には、酸素、炭素、水素、窒素が多い。そして人体中にごくわずかに存在するその他の元素として、リン、硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム、さらに鉄、亜鉛、マンガン、銅、セレン、ヨウ素、モリブデン、ニッケル、クロム、コバルト、バナジウムなどがある。このわずかな元素がじつは人体にとって重要な役割を果している。
 地殻、人体、人血漿および海水中の元素組成を比較してみると、人体や人血漿の元素組成は、海水中の元素組成に似ている【図1】。生命が海水中で生まれたという「生命海洋起源説」があるが、元素組成の相対的類似が、この説を支持する有力なデータとなった。
 人間が歴史上最初に発見し、利用した金属は、金であった。金は、酸化還元電位が高く、火を起し還元状態にすると簡単に金が得られるからであろう。また道具では酸化還元電位が低くなる順に青銅器、その後、銅と鉄が登場している。
 このように、酸化還元電位の軸から見れば、人間は還元しやすい金属から利用したが、生物はその進化に酸化還元電位の低い金属から順に使ったと考えられる。
 地球では海水中の鉄が、当時存在していたごく簡単な有機化合物と組み合わさり、金属タンパク質や金属酵素などを作ることにより生理作用が増幅し、分子進化が行われた。当時の海水中に多量に溶けていた鉄イオンが、過酸化水素を分解する活性を1とすると、鉄イオンとポルフィリンという有機化合物が結合してできたヘム鉄錯体では1,000倍に上昇し、そこにタンパク質が結合したカタラーゼではさらに100万倍以上に増加する。このように、金属タンパク質を作ることにより、金属の生理作用を飛躍的に増幅することができる。この分子進化の積み重ねが、生物進化をもたらすこととなった。

【図1】地殻、人体、人血漿および海水中の元素濃度
地殻、人体、人血漿および海水中の元素濃度
[桜井 弘、廣村 信 : 現代化学2001年3月号、44-51]

体内で重要な役割を果す微量元素
 私たちの体内に存在する元素は、その量によって大きく4つに分けられる。体重1gあたり10mg以上存在する元素が「多量元素」である。次に多いのが「少量元素」で1gあたり1〜10mg存在する。さらに体重1gあたり1〜10μg存在する元素を「微量元素」、1μg以下を「超微量元素」と呼ぶ。現在わかっている118個の元素のうち、人体内に存在するものは非常に少ないが、実際に有意な作用をしているのは、上のような元素である。
 しかしアルミニウム、銀、金、ストロンチウム、バリウム、ルビジウムなどは、人体の健康や生命の維持に積極的な働きをしていることは現在のところ証明されていないが、将来的には、このような元素の生理的な役割についての研究が進むと予想される。
 人体に存在する金属元素の必須性については、17世紀ごろ「鉄が欠乏すると貧血になる」という記録が残されているが、このことが学術的に明らかにされたのは20世紀になってからである。これは、分析化学や生命科学などの科学技術の進歩によるものであり、1950年代以降はさらに多くの元素の必須性が明らかになってきた。
 体内で、ある金属元素が欠乏するとさまざまな症状が現れ、その元素を補うことによって、症状が完全に回復する。これは、その元素が体内で、ある特有の役割を果しているということを意味しており、これが必須元素の重要な点である。人体内で、「多量元素」と「少量元素」の占める割合は99.3%であるが、微量元素はわずか0.7%である【表1】。しかし、この「微量元素」の役割があってこそ、われわれは生命活動を営んでいるといえる。世界各国では1日に必要な元素の摂取量を規定しており、日本でも男女別、年齢別のミネラル摂取基準が最近決められた。

【表1】人体中の元素濃度
人体中の元素濃度
[桜井 弘 : 化学と教育 48、459-463(2000)]

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